Back


第9回 東北家族性腫瘍研究会
学術集会プログラム・抄録集

平成18年1月 28日(土) 仙台国際センター
13時 ? 17時30分


13:00?13:10 開会のあいさつ
当番世話人  東北大学加齢学研究所 酒寄真人

13:10?14:00 一般演題(1)
                       座長  野水 整
(1)悪性腫瘍家系内集積とSTK11のgermline mutationを認めた
   Peutz-Jeghers症候群の1例 
                  星総合病院外科  小船戸康英
(2)遺伝性非ポリポーシス大腸癌の臨床的特徴 
                   星総合病院外科  野水 整
(3)典型的な家族集積を認めたHNPCCの1家系
           東北大学加齢医学研究所癌化学療法  下平秀樹
(4)異時性大腸多発癌を呈したHNPCCの1例
           福島県立医科大学医学部第一外科  星野 豊
(5) MYH遺伝子に稀なSNPを同定した大腸腺腫症の1例
          東北大学加齢医学研究所癌化学療法  酒寄真人


14:00?14:40
教育講演(1)
                         座長 酒寄真人
「家族性乳癌原因遺伝子BRCA1の機能解析」
 東北大学加齢医学研究所癌化学療法
 千葉奈津子  先生

14:40?15:20
一般演題(2)                                
                        座長  藤盛啓正
(6) 甲状腺髄様癌術後6年目に左副腎褐色細胞腫を摘除した
   多発性内分泌腺腫瘍症(MEN)2Bの一例
           東北大学病院乳腺内分泌外科  峯岸道人
(7) 確定診断に難渋した若年者甲状腺乳頭癌手術症例を契機に
   発見されたFAPの1家系  
           福島県立医科大学第2外科  藤田正太郎
(8) 乳がん家族歴が陽性の若年者卵巣がん症例の遺伝子検査
                   星総合病院外科  喜古雄一郎
(9) がんの遺伝外来における遺伝カウンセリングの協働的役割 
       福島県立医科大学附属病院がんの遺伝外来  角田ますみ

15:20?15:30 休憩

15:30?16:10
教育講演(2)                  座長 石岡千加史
「腫瘍好発性先天奇形症候群の遺伝学的研究について」
東北大学医学系研究科 遺伝病学分野  青木洋子先生

16:15?17:15
特別講演                   座長 竹之下誠一
「HNPCC診療の現状と問題点」
関西労災病院外科部長   冨田尚裕 先生


17:15?17:20 会長あいさつ
東北家族性腫瘍研究会 会長  竹之下誠一

17:25?    閉会のあいさつ、
                     当番世話人  酒寄真人





悪性腫瘍家系内集積とSTK11のgermline mutationを認めた
Peutz-Jeghers症候群の1例


小船戸康英1)、 野水 整1) 2) 、 佐久間威之1)、 山田睦夫1)、 片方直人1)、 渡辺文明1)、 竹之下誠一2)

星総合病院外科1) 東北家族性腫瘍研究会2)

Peutz-Jegher症候群(以下PJS)は常染色体優性遺伝形式をもつ遺伝疾患であるが、若年期における口唇の色素沈着および消化管の過誤腫性ポリープ発生などの臨床的特徴を有し、大腸を含めた腫々の悪性腫瘍の高危険群である。症例は40歳男性。38歳時に回腸ポリープ切除術をうけたが、これまでに大腸ポリペクトミーを頻回にうけているが、ポリープの摘出病理診断はすべて過誤腫であった。なお家系内に子宮体癌2人、22歳膵臓癌1人を含め計7人の癌罹患者を認めた。また症例に加えて家系内に兄弟3人と子供3人と姪1人に口唇の色素沈着が認められた。同PJS症例に対し、十分なinformed consentのもと末梢血を採取。DNAを抽出しSTK11遺伝子のシーケンス解析を施行した。その結果、exon5 codon212 ACC→AC (1bp deletion)を認めフレームシフト変異と診断した。今後、本症候群の確定診断や保因者診断にこの遺伝子診断が有用と考えられる。




遺伝性非ポリポーシス大腸癌の臨床的特徴


野水 整、小船戸康英、佐久間威之、山田睦夫、片方直人、渡辺文明1)、
権田憲士、関川浩司、竹之下誠一2)

星総合病院外科1)、福島県立医科大学第2外科2)

Amsterdam criteria I(classical Amsterdam criteria)を満たす、2002年までの本邦報告HNPCC61家系307例を対象に臨床的検討を行った。対照には報告文献の年代にほぼ一致する1971-2000年の福島県立医科大学第2外科の癌家族歴のない大腸癌346を用いた。発症年齢は、HNPCCで平均42.8歳、対照で62.6歳、50歳未満症例の頻度はHNPCCで74.7%、対照で14.8%であった。世代別に発症年齢を見ると第1世代平均53.2歳、第2世代47.5歳、第3世代49.2歳、第4世代30.6歳、第5世代23.5歳と、世代を経る毎に若年化していた。性比は、HNPCCで男性49.2%、女性50.8%、対照で男性55.5%、女性44.5%であった。発生部位は、HNPCCで盲腸8.1%、上行結腸13.2%、横行結腸16.5%、下行結腸8.4%、S状結腸12.3%、結腸のみの記載13.8%、直腸27.8%、対照で盲腸10.3%、上行結10.0%、横行結腸7.6%、下行結腸2.1%、S状結腸19.7%、直腸50.3%であった。多重癌については、HNPCCで多発大腸癌15.0%、多発大腸癌と他臓器重複癌7.8%、大腸癌と他臓器重複癌10.4%、計33.2%であり、対照では多発大腸癌1.6%、大腸癌と他臓器重複癌3.2%、計4.8%であった。家系内にみられた大腸癌以外の腫瘍は、胃癌61例、子宮癌40例(子宮体癌20例)、肝癌10例、十二指腸・小腸癌8例、腎盂・尿管癌7例、卵巣癌7例、乳癌7例、脳腫瘍5例などであった。本邦におけるHNPCCの検討では、若年発症しかも世代を経る毎に若年化、近位側結腸優位の発生、高頻度の多重癌という特徴が確認された。Amsterdam criteria II (Revised criteria)、Japanese clinical criteriaなどの基準は、今回の検討には不適切と考えられた。




典型的な家族集積を認めたHNPCCの一家系


下平秀樹1)、高橋雅信1)、安田勝洋1)、柴田浩行1)、森谷卓也2)、森谷宜皓3)、金子聰3)、古川洋一4)、中村祐輔4)、石岡千加史1)

1)東北大学加齢医学研究所・癌化学療法研究分野、2)東北大学病院病理部3)国立がんセンター、4)東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター、

症例:37歳男性。便潜血陽性のため大腸内視鏡検査を施行し、盲腸および上行結腸に進行癌とポリープを認めた。回盲部切除術施行され組織学的には高−中分化型および粘液型腺癌であった。家系:父42歳で大腸癌、姉が40歳で大腸癌を発症しておりアムステルダム診断基準をみたすHNPCC家系と判断された。その他に3代にわたり12名の癌罹患者(大腸癌8名、胃癌2名、小腸癌1名、子宮体癌1名)を認め、9名が50歳以下の発症、3名が多重癌であった。遺伝子解析等:MLH1、MSH2、MSH6遺伝子のシークエンス解析を施行したが、いずれの遺伝子にも有意な変異を認めなかった。現在、MLH1、MSH2、MSH6およびPMS2の抗体を用い手術標本の免疫組織染色を行っている。




異時性大腸多発癌を呈したHNPCCの1例


星野 豊、寺島雅典、木暮道彦、大須賀文彦、樫村省吾、大谷 聡、
後藤満一

福島県立医科大学医学部第一外科

異時性大腸多発癌を呈したHNPCCの1例を報告する。症例は60歳男性。父が大腸癌にて78歳で死亡。姉が直腸癌で46歳時に手術を受けている。現病歴:42歳時直腸癌にて低位前方切除を受けた(wel,ss,n(-))。43歳時上行結腸癌にて右半結腸切除術を受けた(wel,mp,n(-))。46歳時には下行結腸のIIa+IIc病変に対しEMRが施行され、wel,m、完全切除であった。55歳時、横行結腸にIIa+IIc病変が出現、術前超音波内視鏡にてMP浸潤が疑われ、残存大腸亜全摘術、回腸嚢直腸吻合が施行された(mod,sm3,n(-))。その後現在まで他臓器を含め癌の発症は見られていない。HNPCCでは多発癌もその特徴のひとつであり、異時性の発癌を考慮してfollow upすべきと思われた。



MYH遺伝子に稀なSNPを同定した大腸腺腫症の1例

酒寄真人、石岡千加史

東北大学加齢医学研究所・癌化学療法研究分野
東北大学病院・腫瘍内科

〔症例〕55才女性〔家族歴〕妹が大腸癌、父親が直腸癌〔現病歴〕32才の時に近医にて多発大腸ポリープを指摘。同年腸閉塞にて回盲部切除。その後同医にてフォローアップ。大腸に100から200個程度の多発ポリープを認め、大腸腺腫症疑として2004年9月当科紹介受診。〔遺伝子診断〕カウンセリング施行後、患者同意のもと、APC遺伝子およびMYH遺伝子の遺伝子診断を施行。APC遺伝子には病的変異を認めなかったが、MYH遺伝子のintron10に病的変異の可能性のある稀なSNPであるIVS10-2A>Gをhomoで検出した。
上記症例およびこの症例で検出したSNP(IVS10-2A>G)について文献的な考察も交えて報告する。



甲状腺髄様癌術後6年目に左副腎褐色細胞腫を摘除した
多発性内分泌腺腫瘍症(MEN)2Bの一例

峯岸 道人1)、渡辺 道雄1)、土井 秀之2)、藤盛 啓成1)、
大内 明憲1)、里見 進2)

東北大学病院乳腺内分泌外科1)、同移植再建内視鏡外科2)

【症例】18歳女性【既往歴】神経因性膀胱(3歳)【家族歴】なし
【現病歴】1999年前頚部腫瘤を指摘されたのを契機に甲状腺髄様癌が発見され手術施行。舌に神経腫を認め、RET遺伝子変異(M918T)を確認しMEN 2Bの診断となった。CT、MIBGシンチでも褐色細胞腫を疑う所見はなかったが、経過観察中の2002年にCTで左副腎腫瘤を指摘され、MIBGシンチでも軽度の集積を認めた。カテコールアミンは正常であり経過観察としたが、その後増大し、患者の希望もあるため2005年8月当院泌尿器科にて内視鏡下左副腎摘出術を施行された。病理組織学的に褐色細胞腫と診断された。




確定診断に難渋した若年者甲状腺乳頭癌手術症例を契機に発見されたFAPの1家系

藤田正太郎1)、鈴木眞一1)、角田ますみ4)、渡辺一雄3)、小原勝敏2)、坂本 渉1)、中野恵一1)、福島俊彦1)、関川浩司1)、竹之下誠一1)、
野水整5)

福島県立医科大学医学部外科学第2講座1)、内科学第2講座2)、附属病院病理部3)、看護学部4)、東北家族性腫瘍研究会5)

 家族性大腸ポリポーシス(FAP)はときに甲状腺乳頭癌を発症し、その乳頭癌(PTC)は通常型とは異なり、cribriform morular variantを呈する(以下CMVPTC)。 今回我々は、若年者CMVPTC症例からFAPが判明した1家系を経験したので報告する。
症例は16歳女性。甲状腺結節を指摘され来院し、2回のFNACとCNBでも確診が得られないまま甲状腺右葉切除+右D1郭清術が施行され術後にCMVPTCと確定診断された。 また、FNACにより生じたと思われる梗塞が診断をさらに困難とした。術後の病理結果を両親へ説明した際に母親が消化管にポリポーシスがあることがわかり、臨床的にはFAPが強く疑われ、現在APC遺伝子検査を施行中である。FAPにCMVPTCが合併することは最近知られはじめているが、CMVPTCを契機にFAP家系が発見された例はきわめて希である。




乳がん家族歴が陽性の若年者卵巣がん症例の遺伝子検査

喜古雄一郎、野水 整、小船戸康英、佐久間威之、
山田睦夫、片方直人、渡辺文明

星総合病院外科・がんの遺伝外来

 37歳の卵巣がん術後の女性が、がんの遺伝外来を訪れた。患者は前年の12月に右卵巣がんで右卵巣摘出、リンパ節郭清、子宮合併切除を行った(左卵巣は以前にチョコレート嚢腫で摘出している。母親が57歳時乳がんで手術をしており、家族性乳がん卵巣がん症候群を心配し遺伝子検査を希望しての来院であった。患者の触診、マンモグラフィ、超音波検査による乳がん検診では異常は認められなかった。若年者卵巣がんということを考慮し、BRCA遺伝子検査を行ったが変異は認められなかった。
 BRCA1遺伝子関連の家族性乳がんでは、家系内の乳がんと卵巣がん多発が特徴であるが、現在の検査法では陽性率が低いのが問題である。遺伝子診断が陰性でも、乳がん検診は毎年施行するべきと考えられた。




「がんの遺伝外来における遺伝カウンセリングの協働的役割」

角田ますみ1)2)、鈴木眞一1) 3)、権田憲士3)、野水整1) 4)、荒川唱子2)、竹之下誠一3)

1) 福島県立医科大学医学部附属病院がんの遺伝外来
2) 福島県立医科大学看護学部
3) 福島県立医科大学医学部外科学第2講座
4) 星総合病院外科 

当院は、家族性腫瘍ネットワークの東北地方拠点施設として、がんの遺伝外来を行っている。従来まで医師が診察と遺伝カウンセリングを行い、遺伝子診断からその後のフォローアップまで担っていたが、今年度より家族性腫瘍遺伝カウンセリングの養成をうけた看護職が外来に加わり、医師と共に遺伝カウンセリングを行うようになった。
遺伝子診断が研究的に推進され、診療への適応拡大が図られる現状において、今後も家族性腫瘍と共生していかざるを得ない患者が増えていくことは言うまでもない。非医師職が加わりチームアプローチが可能となることで、遺伝子診断の意思決定から、その後の予防・早期発見にむけての身体的・精神的支援体制が整うことは、患者の今後のQOL維持に大きく貢献すると考えられる。今回は事例をもとに、当院におけるがんの遺伝外来での遺伝カウンセリングの取り組みを紹介しつつ、遺伝外来における協働的役割について述べる。




教育講演

家族性乳癌原因遺伝子BRCA1の機能解析

 東北大学加齢医学研究所癌化学療法研究分野 千葉奈津子 先生


家族性乳癌原因遺伝子BRCA1は、1994年、三木らによりポジショナルクローニングによって単離された癌抑制遺伝子である。BRCA1胚細胞変異による乳癌発症リスクは約80%。卵巣癌発症リスクは約40%と推定され、散発性癌に比較して若年発症で、両側乳癌や多臓器重複癌の頻度が高く予後不良である。また、散発性乳癌に比較して、BRCA1の胚細胞変異のある患者の乳癌は、悪性度が高く、エストロゲンレセプター、プロゲステロンレセプター、c-erbB-2、cyclin Dの陰性頻度が高く、p53の高発現の陽性頻度が高い。化学療法感受性に関しては、DNA架橋剤には高感受性であるが、タキサン系薬剤には低感受性で、術前化学療法が有効であるなど臨床的な特徴も明らかになっている。
一方、散発性癌ではBRCA1遺伝子変異をほとんど認めないため、当初、散発性癌におけるBRCA1の発癌機構における役割は少ないと考えられた。しかし、近年、散発性乳癌全体の30〜40%、散発性卵巣癌の70%でBRCA1のmRNAやタンパク発現が減少し、その頻度は悪性度の高いものほど高く、また、それらの癌でBRCA1遺伝子がメチル化されていることが報告された。さらに、これらの散発性乳癌では、BRCA1の胚細胞変異を持つ患者の乳癌と同様、エストロゲンレセプター陰性の頻度が高く、散発性癌の発症機構、薬剤耐性機構にもBRCA1が重要であることが推察された。
これまでの研究により、BRCA1は、転写制御、DNA修復、細胞周期制御、クロマチンリモデリングなどの細胞内の多様な機構に関与するとされ、ユビキチン化能を持つとされている。
我々もこれまでBRCA1の機能解析を行い、BRCA1のN末端に結合するタンパクとして同定されたBARD1との結合能、細胞周期のS期とDNA障害後の核内fociの形成能、BRCA1のユビキチン化能を利用して、BRCA1のN末端の点突然変異の病的意義を検討した。また、DNA障害後にBRCA1がユビキチン化する基質として、RNAポリメラーゼIIを同定し、その分解に関与することを示した。最近は、共焦点レーザー顕微鏡下に、さまざまなDNA損傷を引き起こす新しいシステムを用いて、BRCA1がこれらのDNA損傷部位へ集積することを観察している。
これらのBRCA1のDNA修復能に関する詳細な解析により、家族性乳癌卵巣癌に加え、散発性の乳癌、卵巣癌の発症機構の解明、新たな治療薬となる分子標的の探索、さらには乳癌、卵巣癌の予防法解明にも寄与していきたいと考えている。





教育講演

腫瘍好発性先天奇形症候群の遺伝学的研究について

  東北大学医学系研究科 遺伝病学分野 青木洋子 先生

 私達は最近、腫瘍好発性先天奇形症候群のひとつであるコステロ症候群が、これまで癌遺伝子としてよく知られていたHRAS遺伝子変異によってひきおこされるシグナル伝達異常症であることを世界に先駆けて報告した(Aoki et al. Nature Genet 37:1038-1040, 2005)。RAS遺伝子変異は癌組織の約30%に認められるが、患者では癌で同定される体細胞変異と同じ変異を生殖細胞系列に有していた。患者の両親は変異を有しておらず、これらの遺伝子変異が突然変異で生じることが明らかになった。私達の研究成果は、RAS遺伝子ファミリーのヒトの発生における重要な役割を明らかにしたのと同時に、同疾患の診断方法を確立し、腫瘍発生のメカニズム解明への手がかりをもたらすことになった。
 講演ではコステロ症候群の原因遺伝子同定の経緯と、他の腫瘍好発性先天奇形症候群研究の最近の進歩についても概説します。




特別講演

HNPCC診療の現状と問題点

            関西労災病院、外科  冨田尚裕 先生

遺伝性非ポリポーシス大腸癌(Hereditary Non-Polyposis Colorectal Cancer : HNPCC)は、家族性大腸腺腫症(Familial Adenomatous Polyposis : FAP)と並ぶ代表的な遺伝性大腸疾患である。全大腸癌に占める頻度の高さ、若年発症、大腸多発癌や他臓器癌発生などの特徴からその臨床的意義は極めて大きい。またその発癌機構の研究は癌の分子生物学全体の発展にも大きな貢献を果たし、今後の癌治療戦略を構築する観点からも基礎・臨床両面において重要な疾患概念である。遺伝性疾患であることから、患者本人だけでなく時には家系全体をも含めたスクリーニングや長期管理・サーベイランスが重要であるが、我が国においてはまだまだ本疾患自体の認知度が低く、実地臨床上においては以下の如く、多くの問題点が存在する。1、適切なサーベイランスに組み入れるためにはまずHNPCCの診断が為されねばならぬが、一般病院におけるHNPCCの診断率は極めて低い。また種々の臓器癌を発生することから”HNPCC”という名称自体が不適切であるという指摘も以前からあり、”Lynch Syndrome”への統一も国際的に再検討されている。2,診断基準に関しては、よく使用される本邦の臨床診断基準は基準自体が緩すぎHNPCCの拾い上げの点からも効率が悪く、またアムステルダム基準も規定されているHNPCC関連癌のスペクトラムやde novo の発端者の見逃しの可能性などの問題点を有している。3,診断の一助としてのMSI (Microsatellite Instability)解析や確実な最終診断および保因者診断への第1歩としての遺伝子診断(Genetic Testing)があるがいずれも保険適応がなく、また必要な臨床研究としての国家的予算も極めて少ない。4,サーベイランスのプロトコール自体未だ確立しておらず、またサーベイランスの検査(種々の内視鏡・画像検査など)も本来は保険適応がない。5,遺伝性疾患として必要となる遺伝診療や遺伝カウンセリングを提供できる医療施設や専門医療者が極めて少なく、またその資格認定も限られている。特に海外で遺伝カウンセリングの中心となっている非医師遺伝カウンセラーの雇用が現実的には極めて困難である。
以上、我が国におけるHNPCC診療の現状とその問題点について、症例を提示しながら整理してみたい。